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川本町(埼玉県)の白鳥

写真がプロなみの友人が二人おりますがそのうちの一人「あぜみちのデジカメ散歩」のブログを立ち上げている伏島氏が動体AFに挑戦して見事な白鳥の写真をブログにアップしてくれました。
この写真を撮影に相当苦労した結果すばらしい白鳥の画像は感動ものです。
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伏島 氏(談)白鳥を撮りに川本町
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に行ってきました。たくさんの白鳥を見るのは初めてです。カモもいて なかなか壮観でした午前10時と午後3時に餌付けがあり
その1~2時間前に白鳥が飛來しますどううせなら飛んでる白鳥を撮ろうと
無謀にもC-AF(動体AF)に初挑戦してみました。

しかし最初はフォーカスポイントが白鳥に追いつかずピンボケを量産してしまいました。白鳥が来ない間は速いカモで練習です7日の午後に4時間ほど粘って、いまいち満足できず翌8日の朝にまた行ってしまいした。
そんなわけで拙作を並べましたが、ご笑覧ください。
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詳しくは右側の最新リンクの「あぜみちのデジカメ散歩」を訪問してみてください。感動ものの白鳥の写真が満載されております。
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by pxy06473 | 2005-03-16 21:08

同窓会の帰り

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高校時代の同窓会を上野谷中でお酒も入り皆元気に近況を語りあった。二次会は上野公園精養軒へ行くところ。
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by PXY06473 | 2005-03-09 16:33

私のガン闘病記

現役時代からの親友 保谷 政孝さんが昨年肝臓ガンの手術をして見事に元気を回復されました。彼の凄いところは自分がガンであることを知りながら弱気にならず常に前向きに考える態度には尊敬しました。彼がある雑誌に掲載した私のガン闘病記を紹介いたします。      ********************************************
私のガン闘病
町田市 保谷政孝(68歳)
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近頃はガンといっても年齢が行けば当たり前のことで、早期ならほとんどが治るようになってきて、決して珍しいものではなくなりました。周囲の人にも前立腺ガンや大腸がんや胃がんなどを経験した方は少なくありません。そうはいってもいざ当事者になると慌てもするし、恐怖がつきまとうものです。私事ではありますが、多少でも読者のみなさんの参考になればと、出来るだけ客観的にまとめて見ました。
私の場合、昨年6月頃より癌マーカーの上昇が認められました。エコーで二度に渡って調べるも確認されなかった。しかし三ヶ月続きでマーカーの上昇が進み、CTで調べた結果、10月20日に三センチほどの癌が左肋骨下に発見、即慶応の最も優秀という先生を紹介され、22日には慶応外科外来を受けました。先生の日程が年内満杯の状況下、どこかに入れるということで、通院で手術前検査を、肺機能、心臓、腎機能、各種レントゲン、エコー、MRIを11月17日までに済ませる。11月19日の外科外来で、担当先生と面談、最後の鉄材を使った造影剤によるMRIの画像が最も鮮明で、3.5センチほどの下に1センチのが三つも連なってあることが判明、肋骨下である点なども考慮に入れ、結局手術以外の方法(各種焼却法)は難しく、手術を受けることで決定しました。 その日にやっと29日入院、12月2日手術が確定しました。その間、知り合いの医師、ないしは紹介された医師を訪ね、ラディオ波の適用や手術によるダメージなどについて、セカンドオピニオンを伺いにも行きました。特に過去に長く患った肝臓の肝硬変度合いや腎臓も悪いので、手術が成功しても、それをきっかけに一挙に悪化しはしないかなど、腎内科の先生にも納得いくまで確認しました。 
 その間ガンに負けないためにも、検査以外の日は積極的に行動することにしました。幸い肝臓の指数は良く、全く自覚症状もないので、以前から計画していた友人達とゴルフに5回も行きました。また、講演の仕事も2回、予定通りこなしました。家内には貴方の神経は分からない。「よくも自分が癌を抱えながら、人前で話など出来るものだ」と言われました。ゴルフについてはごく親しい人との1回だけは終了後告白しましたが、他の4回はすました顔で何も言わずに別れました。
 そんなわけで入院したらすぐ流動食、注腸食で下剤と浣腸で、すぐに手術日を迎えたが既に観念していました。朝9時歩いて手術室に、慶応には20の手術室があるので、私の前に3人ほど並んで待ち、次から次えと手術台に乗り、あっという間に麻酔がかかった。9時から4時までだったそうである。500円硬貨大のものと小さいのが三つ家内が確認しました。230グラム(肝臓は約1キロあるので23%)の切除で、序に胆嚢に石があったのでそれも切除、肋骨の出っ張りも少し削ったそうである。
 全身麻酔が切れても脊髄硬膜下麻酔(部分)の細い管が繋がっていて、自分で痛くなったらボタンを押して麻酔薬が出るようになっている。いちいち看護師さんを呼ばなくて済むので便利である。患者が過剰に押してもちゃんとコントロールされて、適量しか出ないようになっている。
 翌日には呼吸マスクや尿管も外され、自分でトイレに行くようになった。しかし私の場合血中酸素が不足して、肺に水が溜まり、腎機能も落ちて、再びマスクと尿管をつけられ、2日間ほど苦しんだ。弟が二年前に肝臓の手術で亡くなっているので、「弟の二の前で手術はまずかったか、とにかく見舞いは暫く断ってくれ」とまでとなりました。早速背から水抜きの処置をしてもらい、2日ほどで1リットルほどが出ました。
 そうしたら急に身体が楽になり、肝機能も腎機能も手術前の状態に戻り、日一日と良くなっていきました。苦しんだ日が嘘のようで、見舞いに来てくれた人からはいい顔色で回復の早さにびっくりされるようになり、20日に退院となりました。
 肝臓は手術後1ヶ月ぐらいが重要で、食後1~2時間は横になり、栄養を取って養生すれば、元の大きさに戻るらしい。ここで無理をすると修復を妨げてしまうそうです。
 私のように前から肝臓が悪いから、注意して主治医についているから見つかるが、予想もしないところに出ると手遅れの可能性がある。いろんな人に聞いて見ると「親が大腸がんだったから」偶然便の色が違っているのに気づいたとか、日頃からリスクに対するカンが必要なのかも知れません。
 肝臓は幸い相当進まないと転移しないので、手術後に抗癌剤なども必要ないのですが、胃の手術を受けた人で、後に抗癌剤を受けるほどの方はその後が悪い結果になるようです。米国では化学療法より放射線が主流となっているし、確かに効果が高いようです。しかし日本では、原子力放射能アレルギーが災いして、遠ざけられ、全国に治療医がわずかに400人しかいないそうです。
 病院はやはりそれぞれ症例を多く取り扱っている所がいいそうです。各地の癌センターなども進んでいるところが多いようです。特に静岡県癌センターは最高レベルといわれています。
 1月5日には慶応の外科外来、11日には山王の肝臓内科外来に出かけ、帰りには日本橋に寄って買い物、食事などと着実に回復しています。またゴルフを再開できるのを楽しみにして散歩の距離を徐々に伸ばしています。1月末から2月にかけて講演も三回ほど予定が入って来ました。今はガンからの無事の生還に、素直に喜んでいるところです。
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by pxy06473 | 2005-03-02 15:11 | 全体